2012年3月10日土曜日

Rally Perakの続きと雑感

Posted on 10/3/2012
札幌に戻ってきてはや1週間近く経ってしまいました。
いまさらですが結果を書くと、デイ2のSS6のスタートすぐ、ジャンプジャンプジャンプな直線でうっかり飛んだらドライブシャフトが2本とも折れて万事休す。


AAM(マレーシアのJAFみたいな組織)のレッカーに引っ張られるの図。ラリー中に動けなくなった場合は必ずサービスパークまで連れて行ってくれます。そのため、チームで搬送車の手配をしたりする心配はありません。
レッカーのオヤジ曰く「おまえ、俺が前もレッカーしたって覚えてるか?」
・・・・・?身に覚えが無い。よくよく聞くと、昨年の第3戦でキムさんが止まったときにレッカーしたとのこと。むむっ、さては日本人女子はみな同じに見えてるな?
コース外に出て前後を逆に付け直し、サービスまで小一時間レッカーのオヤジさんと雑談しながら戻りました。レッカー屋さんはクアラルンプールに住んでいて義理の妹は日本人なんだとか、妙に詳しくなってしまった。



(Photo by MRU Motorsports)
大ジャンプ!
・・・飛びすぎですw


私たちは結局リタイアに終わりましたが、今回車をお借りしたMRUモータースポーツ的には総合1位から4位まで独占!という素晴らしいリザルトでシーズン開幕戦を飾ることができました。





ラリーの結果の話はここまでにして雑感など。
ホテルの朝食の席にて中国系マレーシア人のフランシス君と。
「私らと話す時はいつも英語だけど、OBK(中国系マレーシア人のコドラ)と話す時はいつも何語で話してるの?」と、かねてから疑問に思っていたことを聞いてみました。
「車内では広東語。でも、OBKは客家だから家では客家語を話していて、広東語はテレビで覚えたんだ。」とな。さらに聞くと、彼は広東語と英語の他に標準中国語と客家語とマレー語も話せるとのこと。


私も含め日本人が外国語が苦手だというのは世界的にも有名なほどで、それは裏を返せば植民地として他の言葉を強要されたことが無いとか、外国に移住せざるを得なくなったことが無かったとかという点で幸せなことでもあるんだけど、こと国外で国籍不問で何かをやろうということになったときには最初からものすごいハンデを背負っていると言わざるを得ないと、またしてもひしひしと感じてしまった。
日本のラリードライバーが外に出ようとする時、たぶん全日本で何位になったとかいうことよりも優れた運動神経があってチームと良いコミュニケーションをとれることの方が大事で、運転でタイムを出すことは素質あるドライバーがそれなりのチームでそれなりのステージでしばらく走れば後からついてくるんじゃないかなあ。まあ、他の人のことはともかく、私はもっと何でも言えるようになりたいと心底思いましたよ。


ところで今回は伊藤選手が初マレーシアということで少し時間に余裕があるスケジュールで移動したので、またまた半日観光してきました。
バンコクでチャオプラヤエクスプレスに乗った。平たく言うと「水上バス」ですな。渋滞知らずの庶民の足。チャオプラヤ川といえば昔メナム川という名前で教科書に載っていた東南アジア三大河川の一つ、去年の洪水で一気に有名になったあの川です。意外ときれいです。



超長大な涅槃仏。寝てます。デカいです。
リクライニング仏陀。まーのんびり行きますか。

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